平井憲夫さんの手記と今思うこと

M9.0という未曾有の大地震、そして大津波に襲われた東北関東大震災だが、もし福島原発の事故が無かったなら、今後の被災地域の復興はもっと見通しが立てやすかったと思う。

何年か前にも話題になり熟読した記憶があるこの平井憲一さんの有名な文章だが、この機会に改めて、原発にまつわる問題について、日本の社会に古くからはびこる行政と大企業のシステムの欠陥についての理解を深め、なるべく多くの人とこの問題を共有したいと思った。

平井憲夫さんは日立の元1級プラント配管技能士だったが、長年原発の現場で働き大量の被爆により1997年にがんで亡くなった。生前、自分の人生を反原発に役立てたいという思いから、全国を講演して歩いていた方だ。

平井さんの切実な訴えが事実だということがまさに今回の福島原発で立証されてしまったといえる。これを今読んで、前に読んだときよりももっとひしひしと感じるところがあり、感覚的に理解できるようになってしまったと思う。

これが書かれた1996年に、平井さんは「どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。」と述べている。まさに自民党体制、日本のシステムの問題点と長年言われてきたことだ。

さらに、「原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。」と。

とにかく原発については恐ろしい現実ばかりで、この長い文章はやさしい語り口ながら身も心も震えてしまう。その中でも今、いちばんつらいと思ったのは「日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がない」「はっきりノーといわないから持たされてしまった(ウランやプルトニウムを)」という部分だ。

政権交代して一年半、民主党、管政権、管さんにはもう少しシャキッとしてほしいと思うことも多々あるが、ふわふわとした毛布のようなふしぎな存在としてとんでくる槍をすべて受け、その結果シャキッとした若い枝野官房長官が守られ、仕事ができる、というふしぎな構図になっている気がする。菅さんがもともとクリーンな政治家だから、はっきり見えないかわりに、汚れているようにもみえないのか。不透明な透明感と行ってもいいと思うが、なんだかよくわからない包容力を備えていると思う。枝野さんにとっては、そんな粘り強くおだやかなお父さんのような菅さんがいてくれたほうがよいのだ。

枝野さんのように、どこを切り取っても説明が明確で、ポイントをついていて、考え方もリベラルな人にはそうそう出会えるものではないが、その人が政治家で、さらに今官房長官だということを考えると、それはもう日本にとっては幸運中の幸運だと言ってもいい。私たちは今なら私たちの思考回路の理解する部分で、はじめて、政治家と話し合いができるのだ。

つまり、今私たちは「途中で止める勇気」を持てるようになる千載一遇の好機を得たということだ。枝野さんはそれをもともと持っていると思う。菅さんもほんとうは持っているけど、混乱をしているようにみえる。でも可能性が無いわけじゃない、菅さんの気持ちの中には変える要素はあるはずだと思う。本当の問題は私たち国民だ。よく考えずにまわりに流されるのは日本中でメジャーな態度、行動を起こしにくいのも、何かを始めにくいのも、ひとりだけ変わったことをする勇気がない、悪いと知りつつ言えない、小心者なのは、国民性といってもいい。

優しさ、穏やかさ、チームの和を重んじる、と言葉をかえてこの性質を表現することもできるが、これをひとりひとりの個人的なつきあいの範囲から、国や大企業の組織の行動の範囲にまで拡げて考えてみると、議論的なコミニュケーションをとらずあいまいな理解のままで自分を納得させてしまう、または自分の気持ちを抑え我慢してしまう、支配されることで脳と身体の体力を省エネしようとするかのような体質が、諸悪の根源なのにもかかわらず、まるで重い伝統のような顔をしてそこらじゅうにある。

なにが文化的な考え方で、なにが腐敗した考え方で、なにがいい加減な考え方か、注意して見ていないといけない。

インターネットが普及し始めた頃、その匿名性がかなり危険視され、それは今でも変わらないとは思うが、その匿名性のおかげでようやく、なにか自分の思うことがあったらどんどん発言できる社会になってきた。もちろん本名で発言できるならそれにこしたことはないが、歴史的に分厚い組織の壁がこわれてくれるなら、そんなことはどうでもいい。匿名で発言することで意見を正直に言うことに慣れた人たちが、だんだん本名で発言できる勇気を持てるようになるのだから。私自身もそうやってすこしずつ変わってきたうちのひとりだ。

東京電力や、日立や三菱や東芝などの原子炉を設計するような古くからある大企業が、現在どんな雰囲気なのかはよく知らないけれど、わるい意味で行政的といわれる体質の負の遺産を私たちは確実に背負わされている。「行政的」という言葉の意味が「風通しが良くてロジカル」という意味になったら、すごいと思う。すごいと思うくらい、かけ離れている。でも、いつか将来、ではなくそれは今、枝野さんとなら変えやすいのだから、変えなくてはならないと思う。

ほかにも、原発には炉の掃除をするスタッフがいて、例えば新宿中央公園にいる浮浪者にヤクザが仕事の話を持ちかけて10人くらい連れて行く。連れて行かれた先は原子力発電所、清掃作業員として雇われた元浮浪者たちは被爆して死んでしまう。原子奴隷。そういうおそろしい話もきいた。この話はまだよく読んでないので、またこんど。

以下 、平井憲一さんの手記 、出典元がでてこなかったので(う〜 〜ごみん。。)、京都大学 竹沢靖子先生のメールから転載させていただきます。ぜひ、最後までご一読ください。

よろしければ、一人でも多くのお知り合いにお伝えくださいますよう。

奥田  東子  拝


平井憲夫氏の「現場からの声」


■私は原発反対運動家ではありません

私は原発反対運動家ではありません。20年間、原子力発電所の現場で働いていた者で
す。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争があります
が、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお
話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっ
しゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているもので
もあることがよく分かると思います。
20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険
だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものです
よ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んで
いただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝
者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。は
じめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をど
うしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話
をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。し
かし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。私はプラント、大きな
化学製造工場などの配管が専門です。20代の終わりごろに、日本に原発を造るという
のでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりま
せんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っていま
す。

■「安全」は机上の話

去年(1995年)の1月17日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れ
たりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、
と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い
岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。こ
の地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて
考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになる
とは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。世間一般に、原発や
新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われて
います。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていた
し、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているよ
うに見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっ
ていました。なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余り
にも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。そ
れが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

■素人が造る原発

原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配
管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりに
も多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通り
には造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工
することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるの
か、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。原発に
しろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実
ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないので
す。日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が
起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。
施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。仮に、自分の家を建てる時
に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨
漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なの
です。ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場
の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事に
プライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさも
よく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全
くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、
なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の
実情です。例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転
していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでし
た。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につなが
るかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのです
が、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。  現場に職人が少
なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりまし
た。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた
物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ね
るようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれ
ほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるので
す。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつで
す。  また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない
職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話
をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんと
した技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容
線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいい
ということになってしまうんです。また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられま
す。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細か
い仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日
当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。皆さんは何か勘
違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知
れないけれど、そんな高級なものではないのです。ですから、素人が造る原発という
ことで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

■名ばかりの検査・検査官

原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。し
かし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですか
ら、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。検査官が
溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分
でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官
にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ
整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。原発の事故があまりにも
ひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりま
した。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその
役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。という
のは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素
人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいまし
た。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。
折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をして
いた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させ
た。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原
発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たち
の実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可
を信用できますか。東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動し
た大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、
その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知った
のです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官が
まったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子ども
に教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れない
で放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。  そんないい加減な人の
下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省
を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事の
あらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのです
が、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけで
す。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に
原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、この
メーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工
事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社
ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。  私は現役のころ
も、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三
者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係の
ない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を
積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工
事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていませ
ん。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

■いいかげんな原発の耐震設計

阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に
発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたもの
でした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えて
いなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、と
んでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急
上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大
変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしている
のですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道
路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じ
ことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というよう
な簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まった
ということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろん
なことが設計通りにいかないということの現れなんです。  こういう地震で異常な
止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国
で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではな
いでしょうか。

■定期点検工事も素人が

原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、
定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がか
けられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸
気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所
もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくては
ならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。原発は1回動かすと、中は
放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働い
ているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替え
て入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうで
はないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付け
ているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着
です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わっ
て外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんで
す。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大
体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足に
きちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それ
に放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に
入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶
対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。そういう仕事をする人が95%
以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやりま
す。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さ
を全く知らないで作業をするわけです。例えば、ボルトをネジで締める作業をすると
き、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放
射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時は
アラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますか
ら、作業の出来る時間が違います。分刻みです。  現場に入る前にその日の作業と
時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、
その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るよ
うにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示
します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染
されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。  そこでは、ボルトをネ
ジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にば
かり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターという
のはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血
の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと
鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たりま
す。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、
ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなり
ますか。

■放射能垂れ流しの海

冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が
何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心
して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまってい
るのです。  海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありませ
ん。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていま
すが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。  原発の
事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠
そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしで
す。  防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いし
て、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう
所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも
知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染さ
れていないものを選べなくなると思いますよ。  数年前の石川県の志賀原発の差止
め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。
「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っ
ていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原
発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実
感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。
みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

■内部被爆が一番怖い

原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質
になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜ける
からです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあび
て放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入る
と、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしま
すが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なの
です。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。体の中に入った放射能は、通常
は、3日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、3日なら3日、放射能を体の
中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準
ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量で
も、体の中に蓄積されていきますから。  原発を見学した人なら分かると思います
が、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいで
しょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておか
ないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。  私はその内部被曝を百回以上もし
て、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くて
どうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより
大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知って
いることをすべて明るみに出そうと思ったのです。 普通の職場環境とは全く違う
放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも10年なら10年分が蓄積します。これが
怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、そ
れを越えなければいいという姿勢です。  例えば、定検工事ですと3ケ月くらいか
かりますから、それで割ると1日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、
1日に5分から7分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く
仕事になりませんから、3日分とか、1週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせ
るのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分
間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってく
れていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。稼
動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いて
いる原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人30人を
用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで7メートルくらい先にあるネジまで走っ
て行きます。行って、1、2、3と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッ
と鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、
もう終わりの人もいる。ネジをたった1山、2山、3山締めるだけで160人分、金額
で400万円くらいかかりました。なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われ
るかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社
は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業とい
うものは、人の命よりもお金なのです。

■「絶対安全」だと5時間の洗脳教育

原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事
者は今までに約27万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの
人が原発で働いています。その人たちが年1回行われる原発の定検工事などを、毎
日、毎日、被曝しながら支えているのです。原発で初めて働く作業者に対し、放射線
管理教育を約5時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためで
す。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈
夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に
冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを
守っていれば絶対に大丈夫だと、5時間かけて洗脳します。こういう「原発安全」の
洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、
文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたり
して。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝に
すぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い
込むようになるのです。  私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオ
ウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺
したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞
かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは
大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然
考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知ら
れないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるよう
では、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。  私はこのような仕事
を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎
に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。
一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのか
と。気がついたら、20年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

■だれが助けるのか

また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大
怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直
ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったの
です。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする
除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人
は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我
人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その
看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染
が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいまし
た。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけ
で、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だ
れも気が付かなかったんですよ。  一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大
事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像
できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

■びっくりした美浜原発細管破断事故!

皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を
度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一
九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、
世界で初めての事故でした。そして、1991年2月に、関西電力の美浜原発で細管が破
断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。チェルノ
ブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そう
いう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブ
イリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の
時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。
この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意
味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後
の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした
美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を100キロのス
ピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶ
つけてやっと止めたというような大事故だったんです。  原子炉の中の放射能を含
んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の
安全弁が次々と効かなくて、あと0.7秒でチェルノブイリになるところだった。それ
も、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはず
が停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事
故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったので
すよ。この事故は、2ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もあ
る細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが
原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかっ
たんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨て
る、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当
たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。

■もんじゅの大事故

去年(1995年)の12月8日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業
団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが
初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれ
て行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがも
んじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社
を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放って
は置けないので行くのです。ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わない
から来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて
図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろ
いろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。も
んじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、
それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。  図面を引くときに、私が居た日
立は0.5mm切り捨て、東芝と三菱は0.5mm切上げ、日本原研は0.5mm切下げなんです。
たった0.5mmですが、100ヶ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線
も合っているのに合わなかったのですね。  これではダメだということで、みんな
作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。
どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密という
ことがあって、全体で話し合いをして、この0.5mmについて、切り上げるか、切り下
げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回
のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合い
もされていなかったんではないでしょうか。  どんなプラントの配管にも、あのよ
うな温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそら
く施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社の
ことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。  動燃自体が電力会社
からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は
起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なん
です。  しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大
事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福
井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには15基も原発がありますが、誘致した
のは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起き
たらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。こ
の度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、
どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。それで、私がまず最初に
言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化され
ちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始め
たら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていました
が、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人
たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化
されてはいけないんです。 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」という
のとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるよう
な姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないので
す。
■日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出し
たものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプ
ルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れ
ないものです。  そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われていま
す。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどの
くらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質で
す。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名
前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世
で一番危険なものといわれるわけですよ。しかし、日本のプルトニウムが去年(1995
年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている
人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用
も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使
われてしまったことはほとんど間違いありません。日本がこの核実験に反対をきっち
り言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフラ
ンスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止
めればよかったんです。でも、それをしなかった。  日本とフランスの貿易額で二
番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、い
くら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、
唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれい
な海を放射能で汚してしまったに違いありません。  世界中が諦めたのに、日本だ
けはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプル
トニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとし
ています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガ
ソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すように
なっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。
だから原爆の材料にしているわけですから。いくら資源がない国だからといっても、
あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うな
んてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

■日本には途中でやめる勇気がない

世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、2月(1996年)に
2015年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統
領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。  もんじゅのよう
にプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも
止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいまし
た。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本
政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止め
ない。これからもやると言っています。  どうして日本が止めないかというと、日
本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める
勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょ
う。  とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時か
ら、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい
加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのこ
とさえ、どうにもできないんです。  もう一つ、大変なことは、いままでは大学に
原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から
離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で
研究する大学生さえいなくなったのです。  また、日立と東芝にある原子力部門の
人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい
発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わ
りだと思っているのです。  原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官
して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合
わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプ
ルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持た
されてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の
国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっと
もっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんで
す。
■廃炉も解体も出来ない原発い

1966年に、日本で初めてイギリスから輸入した16万キロワットの営業用原子炉が茨城
県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造
るようになりましたが、今では、この狭い日本に135万キロワットというような巨大
な原発を含めて五一の原発が運転されています。  具体的な廃炉・解体や廃棄物の
ことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放
射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言ってい
て、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、1981年に10年たった東京電力の
福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かり
ました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。
この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のよう
に、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理
やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうし
ても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。
原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいし
かいられないんですから。  机の上では、何でもできますが、実際には人の手でや
らなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射
能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可
能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしてい
ますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。  結局、福島の原発
では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカー
が自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせ
て、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。  最初に耐用年
数が10年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。そんな原発が11もあ
る。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。
また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった100キロワットの研究炉で
すが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に20億
円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をか
けても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかな
いのです。  それが100万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうし
ようもありません。
■「閉鎖」して、監視・管理

なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転さ
れているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロ
ボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回
でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体
することもできないものになってしまうのです。  先進各国で、閉鎖した原発は数
多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電
を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。  放射能ま
みれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続け
なければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりし
ますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしな
ければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、
管理をし続けなければならないのです。   今、運転中が五一、建設中が三、全部
で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危
険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますか
ら、日本には今、小さいのは100キロワット、大きいのは135万キロワット、大小合わ
せて16もの原子炉があることになります。  しかし、日本の電力会社が、電気を作
らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それ
なのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のこ
とで心配な浜岡に5機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換え
にした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠
洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、2010年には70~80基にしよう
と。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。  これから
先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖
された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味で
す。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
■どうしようもない放射性廃棄物

それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性
廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量
の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜
まっています。  日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核の
ゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だっ
たのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでか
ら、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。  しかし、私が原発はちょっ
とおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つ
と腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろ
うかと思ったのがはじめでした。  現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って
行っています。全部で300万本のドラム缶をこれから300年間管理すると言っています
が、一体、300年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が300年間も続くのかどう
か。どうなりますか。  もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処
理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフ
ランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の
高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと
一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしま
うほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、30年
から50年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋
める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だ
けはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困って
います。  原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してか
ら、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを
言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんです
よ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。
とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしない
といけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんです
よ。  私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを50年、300年監
視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。
今、廃棄物を50年、300年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そ
うじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんで
すか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大
人はいますか。  それに、50年とか300年とかいうと、それだけ経てばいいんだとい
うふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない
永遠の50年であり、300年だということです。
■住民の被曝と恐ろしい差別

日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。
でもそういうウソがつけなくなったのです。  原発にある高い排気塔からは、放射
能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、24時間放射能を出し
ていますから、その周辺に住んでいる人たちは、1日中、放射能をあびて被曝してい
るのです。 ある女性から手紙が来ました。23歳です。便箋に涙の跡がにじんでいま
した。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突
然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はな
い、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀
で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いとい
う。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわ
れたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の
罪がありますか。こういう話が方々で起きています。この話は原発現地の話ではな
い、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の
娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心
から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく
人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなけれ
ば分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけ
ではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。
原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。
■私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、
教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話
はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚
えておいてください。 その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くら
いで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいまし
た。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたの
です。  話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学2年の
女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。「今夜この会場に集
まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来
たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは
農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運
動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、24時間被曝し
ている。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれ
る確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら
結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら300
人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。 「原発がそん
なに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれな
かったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。
たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の2
号機が試運転に入った時だったんです。  「何で、今になってこういう集会してい
るのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止め
ている」と言う。「2基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は
北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。私が「そういう悩みをお母さん
や先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来
ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をし
ている。結婚もできない、子どもも産めない」って。担任の先生たちも、今の生徒た
ちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。  これは決し
て、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、50キロ、100キロ圏でそういう
ことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っている
ことを絶えず知っていてほしいのです。
■原発がある限り、安心できない

みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思いま
す。  チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多
かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都
会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多
いんじゃないでしょうか。  でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用で
す」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本に
は資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている
結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
原発は確かに電気を作っています。しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、こ
の体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだとい
うことです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、
心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別さ
れて苦しんでいるんです。  みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知って
いる。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃな
いでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんで
いる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だとい
うことは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。  それから、今は
電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨
大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは
間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たち
の子孫なのです。  そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だか
ら、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。  だか
ら、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見
てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なの
かどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返
しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。  で
すから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという
信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと
思っていあす。  原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。 優しい
地球 残そう子どもたちに
★筆者・平井憲夫さんについて(1997年1月逝去)
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター
代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原
発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

Yasuko Takezawa, Ph.D.
Professor
Institute for Research in Humanities
Kyoto University
http://takezawa.zinbun.kyoto-u.ac.jp/
http://race.zinbun.kyoto-u.ac.jp/
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平井憲夫さんの手記と今思うこと」への4件のフィードバック

  1. この手記を知ってほんとうに意識がかわったよ
    ここから入れて感謝している〜

    原発を否定するだけでは終らない
    すでに原発といっしょに手をつないでまわっていたんだもの
    もうもどれないしそうしていないと日本人でいられなくなっちゃってた

    >なにが文化的な考え方で、なにが腐敗した考え方で、なにがいい加減な考え方か、注意して見ていないといけない。

    ほんとだね
    わたしもみんなも勇気がもてますように 

    • 5年ごとに統計とるとか?!でEDMC/エネルギー・経済統計要覧(2010年版)も2007年のデータだけど、これよりさらに中国、インドの発電量はあがってるだろうし、トルコやブラジルも急上昇してるかもしれない。
      参考)http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1017.html
      しかも、日本だってこんなに最近もこんなに急上昇してるけど、
      参考)http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1006.html
      やっぱりすべてがIT化したからだよね。
      こんなにぜいたくしちゃ、やっぱりいけないんだ、と思うけど、戻るのってほんとにむずかしい。
      でも省エネで、新宿のデパートも会社もみんなショーウィンドーの電気が消えていたし、コンビニの照明も半分におとしたということだけど、じつは普段からそれでよくない?と思った。なにもこまらないよ。。目にやさしいくらい。コマーシャルの為の電気ってきれいだけど、そのために原子力使いたくない、と思った。

      石油事情が厳しくて火力に頼れないから原子力が増えたということもあると思うから、やっぱり今まったく実用化されていない、エコ発電開発を本当にしっかり支えていかなくちゃいけないと思う。。。

      日本の環境にあっていて、いいな、と思うのは、振動力発電と波力発電
      http://ascii.jp/elem/000/000/112/112146/
      http://www.haryokuhatsuden.com/
      あるのは、開発費の問題だけなんだよね!!!!!!!
      お金と命、どっちとるかって、もうみんな、波と振動に投資しよー!!!!!

      (((振動力発電がものすご〜く進化したら地震で電力ストックできちゃったり、とかしないかしら。。。)))

  2. 10年前に書かれた平井氏の手記に驚きました。

    私のブログで紹介させてください。

    原発タブーを作り、安全神話を出した東電は、日本の民主主義の「健全性」を「棄損」するとんでもない存在です。隠蔽体質、原発の危険性を指摘する人々への陰湿な攻撃、差別や監視。
     
    今回の原発事故は、東電積年の悪行の結果といえます。これを機会に東電を徹底的に民主化する必要があります。

    そのためにも、発送電の分離によって、地域的独占体としての東電を解体することが肝心ではないかと思っています。

    • こんにちは。コメントありがとうございます。私のブログに平井さんの手記を添付させていただきましたが、オリジナルソースではなく私の意見もとても個人的なものです。それをご了承いただければリンクはしていただいてさしつかえありません。

      手記についてはこちら、http://www.iam-t.jp/HIRAI/ (もともと手記自体が聞き書きで、オリジナルは存在しないそうですが、このページを参考にされているかたが多いようです。)

      さらに、福島の事故から2ヶ月たち、こんなに充実したサイトがありました。
      平井さんのスピーチの動画があります。
      よろしければこちらをご参考ください。
      http://raaq.jp/universaljapan/2011/03/2063

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